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2012年 05月 21日
![]() 日食グラスの今後を想う、月曜日。 僕の住んでいる街の空は、朝から、晴れ。 ベッド脇のラジオをつけると、朝から、大騒ぎ。 なんだ、それなら。と思っても、遅し。 肉眼で見る勇気もなく、カメラで撮ってみる。 こんな写真じゃつまらないと、誰に言っているのか。 それならば、金柑を食べている写真をと。 それも、つまらないから。 じゃあ、薬局でキンカンを買って、塗らずに食べようか。 たかが、きんかんしょく、で。 されど、ああ、僕の性格が出るなぁと思った朝でした。 時に、苦しくなります。 「○○じゃなきゃ、ならない。」という、自分で作ったハードル。 いや、自分で決めたんじゃない・・・と言ったりするけど、 いつの間にか、高くそびえ立ったり、幅が広くなっていたり。 それは、今? それは、自分のキャラ? それは、耐えること? それは、必要? それは、 それは、幸せ? 重苦しい鎧を、少しずつ脱いでゆくと、身軽になり、 実はその方が、目の前のハードルを飛び越えられるという。 単純だけど、とっても難しい話。 難しいけど、できますよ。 鎧を脱ぐのを、手伝いますから。 かつて、僕が手伝ってもらったように。 ありがとう。 2012年 05月 10日
![]() 木曜日。 このくらいの、空気が好きです。 暖かい部分と、冷たい部分の分かれ目を感じられるから。 その感覚は、一年のうち、二度味わえる。 ただ、どっちの季節が肌に合うかといえば・・・。 春から夏に向け、解き放たれる瞬間の空気感は好きじゃなく、 秋から冬に向け、収縮していく、そんな空気感が。 自分の肌に合うような。 それはたぶん、恋しさ、なんだろうと。 自分の柄。そんな生き方が身についているのです。 以前は、そんな暗い感じの自分を恥ずかしく思いましたが、 最近、やっと、そんな自分でもいいんだと思えます。 けれど、そんな自分を変えたい、という部分だってあります。 「どうせ、自分なんか・・・。」 苦しい生き方をしていた僕に、キャッチコピーをつけるなら。 自分を卑しめて、心の底では周りの人たちを恨む。 それが、自分の柄でした。 苦しいと分かっていても、抜け出せない。 抜け出しようがないのです。 方法が分からないし、そもそも苦しみの原因は、周りだと。 そのゆがみ。 それはまるで、歌に出てきそうな、深くて暗い川。 嘘と、真実の間には、深くて暗い川が横たわっています。 あっちに行けば楽なのに、だってさ、川があるからさ・・・。 嫌でも、身についた生き方で、取りあえず生きるしかなかった。 ギャンブルやアルコールでコテンパンに打ちのめされて、 はじめは止める事ばっかりに、気を取られていたけれど、 そのうち見えてきたのは、身についた生き方の、苦しさ。 だから、何度でも言うけど、方法が分からないんだ。 そんな僕に、その方法が差しだされたとき。 安堵感。 けれど、ワイシャツの頑固なシワのように、時折、寄せ始める。 身についた生き方。 また、失敗するんだろうな。 そう、考えています。 僕は、ずっと、ひとりでいいや、とも考えます。 そんな時、僕は、身になじんだ昔の生き方をしているのです。 深くて暗い川の向こうに、美しく輝いている真実があるのに、 それに向かって歩もうとせず、周りのせいにしている。 怖いと感じています。 裏切られるんじゃないか。 しかし、僕は、首の皮一枚つながって、ギリギリこの世にいます。 「信じる」ということを、ステップを通して得る事ができたから。 嘘ではなく、真実を信じるということを。 僕が、心配するとき。 嘘を信じ、そこから出来た穴を、埋めてほしくて仕方ないのだと。 そんな状態にあるのです。 ごめんなさい。 僕は、そうやって、自己中心的になる。 そして、傷つけるような事を平気でする。 じゃあ、どうするか。 僕は、行動する必要がある。 ありがとう。 2012年 04月 29日
![]() あんなこと、こんなこと、あったでしょう。日曜日。 ある人を迎えに行った昨日と、送っていった今日。 近所の商店街では、お祭りが開かれていました。 静かな雰囲気、という縁起でもない言葉がぴったり。 この商店街でも、年に2回ほどは、かなり賑わうのです。 お好み焼きの出店に、大道芸、様々なイベント。 小さいころは、お祭りが何もない町に住んでいました。 賑やかさを味わうには、川向こうまで行かねばならず、 そのせいか、祭りの光景を目にするたび、心沸き立つのです。 必要以上に、この賑やかさ、身体に取り入れたいと。 小さいころのこと。きょう、もうひとつ、思い出しました。 大阪で、往年の名アナウンサーが、亡くなられました。 そのニュースを耳にしたとき、思い出したのです。 小学校、1年生のおわりに作られた、文集。 僕が書いたのは・・・、なぜ、こんなテーマで書いたのだろう? ページ上半分が「テレビ局のこと。」 ページ下半分が「アップダウンクイズゲームの作り方。」 実家で、この文集を見るたび、変な奴だなぁ、と。 他の子は、将来の夢や、友達、家族のことを書いてるのに。 けれど、その時の僕は、余程それに興味があったのでしょう。 厚紙を切って、ゴンドラを作って、動かす棒を張り付けて、 切込みの入った背景の紙に通して、上下させる・・・。 10問正解したら、アイスの紙カップで作ったクス玉を割る、・・・。 どんだけ、好きだったのか。思い出は拡がります。 そういえば、学校の休み時間にそれを作って、同級生相手に、 クイズを出しながらゴンドラを上げ下げしていたなぁ。 その後、クイズ番組の本を買い集めたり、ビデオに録り貯めたり。 おたく、でした。 ただ、クイズおたく、というより、クイズ番組おたく。 クイズの問題というより、どのようにクイズを見せるか・・・? 舞台装置や、音楽、演出方法に、興味があったのだと思います。 そのひとつが、往年の名アナウンサーの名調子だったのです。 「10問正解して、さあ、ハワイへいきましょう!」 小さいころが、またひとつ、遠くなります。 しかし、遠く、かすみゆく瞬間、僕は思い起こすのです。 周りと比べて、恥ずかしいと思った、この文集の内容に、 その後の僕の姿が、あったという事を。 何かを見せる・・・魅せること。 その為の工夫を惜しまないこと。 ギャンブル依存やアルコール依存で、惜しくも手放した仕事、 小さかったころの思いを何層も重ね、幾つもの番組を作った。 その依存から解放され、新しく生きるために必要なプログラム。 それを、より取り組みやすくするための工夫もまた、 小さかったころの思いを何層も重ねたところから、生まれたのです。 そうか、僕が好きなことって、そういうことか。 それと、いま、僕が携わっていること。 もっと、自分に正直になって良いんだと、思った。 僕自身が、歩く、方向に。 ありがとう!! 2012年 04月 20日
![]() めし、ふろ、ねる。 金曜日。 せめて、自分に「よく頑張った」の一言をかけて。 このあと、泥のように眠るのでしょう。 自身を褒めるのが、まぁ苦手です。 けれど、さすがに。 最近、新たな「学び」をスタートさせました。 学んだことを、次の機会に活かすという事。 それが出来ている部分と、そうじゃない部分。 僕の中で、二分されます。 その分かれ目。 自分にとって「損か?」「得か?」があるようです。 振り返ると、反省会が嫌いでした。 芝居をやっていた時は、観客のアンケートへ突っ込みを入れつつ、 酒を飲みながら、後輩へ偉そうに説教を繰り返していました。 だから、僕は周りの仲間に後れをとります。いつも同じ演技。 そんな状況、分かってはいるけど、努力するのは損だと思い、 更に引き離され、僕は演劇仲間から離れ、ひとりパチンコへ・・・。 孤独と劣等感を癒すため、周りの足を引っ張るような事を、 繰り返していたなぁと、今更ながら思い返します。 仕事をしていても、同じことが言えるのです。 上手くいかなかったこと、クレームがついたこと、など 本来であれば、その次に活かした方が良いことであっても、 その場でシュンとするか、他人のせいにしたりして、終わり。 そんなこと、分かってはいるけれど、変える行動はしんどくて、 しんどいことは損だと思い、その次も同じことが起こるという・・・。 その一方、ギャンブル真っ最中の頃。 毎月のように‘必勝本‘なるものを買っていました。 パチンコやスロット機種の細かすぎる情報が載っていて、 それこそ、目を皿のように、吸収しようと頑張りました。 スロットを打っていて、普段見たことのない挙動を目撃すると、 これは一体なんだろうと、書店に駆け込んだこともあります。 ただ、全てがそんな話かと言うと、そうではなくって。 周囲からの目線を気にするあまり、自身を変に切り下げて、 出来ていることを、出来ていないと、歪んだ評価をしてしまうのは、 すごく、もったいないことだと。 変える必要があるのに、目に見えないしがらみに、がんじがらめで、 変えることに、恐れのおののき、変える必要がないと、 ・・・無理やり我慢してしまうのも、やはり、すごく、もったいない。 共通しているのは、学んだことを、活かすも活かさないも。 それは、自身の行動ひとつなんだということ。 僕は、学んだ事は、賢明に、次なる一歩へと活かしたい。 頑張っているのだから。 ありがとう。 2012年 04月 13日
![]() 一瞬の美しさを、とおり抜けて、金曜日。 美しいのは、目に映る色だけではなく、鼻をくすぐり、 心に語りかける、香りの美しさ。 ごく普通の人間なんだと、思いを新たにする、季節。 緑が深くなり、紅く色づき、黒々とした時間を経て、また美しく。 そうやって、僕も、生まれ変わっていきたいなと、思うのです。 そして。 そう、本当に普通の人間だという事を思い知らされる。 わすれていた。僕は、そういう生き物なのだということを。 当たり前にしてきたことが、機能しなくなる、身体のしくみ。 強烈なシグナルが内面から発せられても、僕は。 何とか進もうと、大丈夫なはずだと。 もがく。 イチバン大切な本の、サブテキスト的な本。 「最初に、神との関係を妨げるものは自分の利己的な意志で あることに気づく必要がある。」 「その次に、神の意志が自分の利己的な意志に取って代われるよう、 自分の意志を神にゆだねる決心をしなければならない。」 「そして、これを行うためには、」 「利己的な意志がどんな姿を取って私たちのなかに現れるかを 見きわめる必要がある。」 目線。 僕の目線が、ある点から離れると、僕はもがき始める。 そして、それと同時に、忘れはじめる。 依存症者である僕が生きるために、必要なものを。 それは、かつて、ギャンブルやアルコールが止まらなかった頃に、 でも、それらをやり続ける理由を産み続けたものに似ているんだ。 借金や犯罪事実が明るみに出る事を恐れて、僕がしたことは、 それらのお金を返したいという気持ちでやったギャンブルや、 何とか隠し続けたいと重ねた窃盗だった。 そして、死んでしまえば解放されると、飲み続けた酒の量。 こわいんだ。 そりゃあ、こわい。 けれど、じゃあ、どうするのかという時に。 僕は、やっぱり、自分の内面としっかり繋がっている必要がある。 色々と、考えます。 真面目に考えたり、途中で面倒になったり、けれど、やはり考える。 不思議です。 自分の中に答えを求めようとしても、時として、曇りガラスの向こうに 何かがあるようで、探しても出てこない。 そうか。ガラスを曇らせているのは、他でもない、自分の恐れだ。 で、あなたと話すと、その曇りは、少し晴れるようです。 その先に、見つけられたらいいな。 さがしているものが。 ありがとう!!!
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